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[ 2009年7月11日 11:39 ( 信長殿 ) ]
信長は本当に、広く云われているような支配者、あるいは独裁者だったのであろうか?
彼が勝ち取った領土では、楽市、楽座等でもわかるように、古い慣習を廃止することで、むしろ支配から、領民を開放したとも云えるのではないだろうか?
それが、彼のルールであったのではないかと考える。若い頃の無粋な振る舞いも自分のルールを自己の中に確立していた為、それに従っただけではないかと。
どんな状況でもイニシアティヴを発揮すれば(良い、悪いは別問題として)人が集まるのは自然の摂理と考える。彼の周りにいた武将達もそうであったかもしれない。
彼らは自分の進むべき道を知っている信長についていく事で、彼と関わっていたい!と考えたのではないだろうか?
しかしながら、先頭に立つためには、「自ら手本を示し、実行することで初めて人を指導する事ができる」という事も大切である。
人一倍、自己鍛練をし、自分自身の運命を支配出来るのは、自分自身であることを証明してみせたのであろうか。
戦場でみせた行動、常に無から有を造りだしたう信長からそんな事を感じた。












