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TOPページ > 信長殿 > 単なる新しい物好きか?
[ 2009年5月 2日 11:36 ( 信長殿 ) ]
信長は、新しい物好きだったという事は比較的有名な事である。
伴天連(キリシタンバテレン)の服装やソンボレロを身につけたり、ワイン(当時にすれば、かなりの勇気が必要だったかもしれない)なども好んで呑んでいたらしい。
そういった好奇心、あるいは探究心がその場で終わらず、さらに自己流にアレンジしてしまうあたりが、彼が普通の人で終わらなかった所以かもしれない。その非凡さが、武田軍との長篠の戦い(追記参照)での鉄砲の使用でもあらわれている。
信長は、若い頃から何事にも常に好奇心を持ち、自己流にアレンジ、行動する事で自分のものとする習慣を身につけていたのであろう。
多くの人は、アイディアと成功(あるいは勝利)を混同しているのではないだろうか。
そのような人は、アイデアそのものが最も重要だと考えがちだが、実際は、たとえ平凡でも行動に移したアイデアのほうが、行動せずに頭の中に眠らせたままのアイデアよりもずっと価値があるといえよう。
長篠の戦
信長は早くから鉄砲に興味をもち、その遠距離殺傷力という利点、火縄式銃の発砲までの時間を必要とする弱点を十分理解したうえで、自己流のアイデアで使用、それを最大限に発揮する事で長篠の戦へと向かう。
武田騎馬軍団とのこの戦で、信長は馬防柵、鉄砲の三段構え、足軽という戦術で武田軍に勝利した。
馬防柵、鉄砲という当時ごく普通の防戦体勢を、鉄砲を三段構えとすることで攻撃体勢に変化させることで勝利を得たといわれている。
あえて馬防柵という防戦を強調し、実は攻撃のための布石である点をさらりと隠してしまったという点に信長らしさを感じる。武田騎馬軍団も常識こだわるあまり、勝利を逸したのかもしれない。
本合戦については徳川家康の存在等の関連もあるがここでは割愛しておく。












