カレンダー
最新エントリー
カテゴリー
アーカイブ
検索

モバイルサイト
  • ブレインアンドトラスト代表によるブログ モバイルサイト
  • 上記バーコードをケータイで読み取ってアクセスしてください。ケータイの機種によってはご覧になれない場合もございます事、ご了承願います。
  •  
株式会社ブレインアンドトラスト
ブレイン&トラストのブログオリジナルデザイン作成サービス
Happy Blog BT
ブレインアンドトラスト スタッフブログ
日本ビーチテニス協会 JBTA 公式サイト
Masa's Matter(社)日本ビーチテニス協会 会長 山田眞幹 公式ブログ
川崎光美のテニスブログ★Happy Tennis Diary★
サムライテニス MAYA'S TENNIS BLOG ~涌井真耶オフィシャルブログ~
熊倉美咲のKUMABLOG
林順和サーフブログ
竹島宏 オフィシャルブログ P64Diary
     BT_BOSSをフォローしてください   

行動の原点は?

[ 2009年4月25日 11:44 ( 信長殿 ) ]

信長を考えるとき、決まって、つきまとうのが次の2点である。
・信長とは何者か?
・小から大を生み出すことに成功したのはなぜか?

彼が16歳にして父親「信秀」から引き継がれた織田家を、天下に轟かせたその生き様は非常に興味深い。
信長といえば、27歳で今川義元を倒した「桶狭間の戦い」以降が有名(華々しい?)であるが、それまでの11年間はどうしていたのであろう。

身内からも「大うつけ」とよばれ、、部下の裏切り(謀反?)との戦いの日々であったと云われている。そのような環境が、彼なりの少数精鋭部隊を創り出し、自ら先頭に立つ事で戦の感性を鍛錬していったのであろうか。

本来であれば、身内と共に地盤を拡大すべきところ、逆に彼は、自分のみを信じる事で本当に信頼できる部下(使える部下?)以外は持たずに、幾多の戦の中から、効率よく戦う術を身につけたのであろう。

どんなに厳しい状況下でも、自分自身をコントロールする事の出来る人間は、勝利への道を見い出すことができる事を信じて。
ほとんどの問題の解決策は、人から教えられるものではなく、たった一つ、「 自分自身の中にある」 という事を、若き時代の信長から強く感じる・・・・・

彼は破壊者か?

[ 2009年4月19日 22:40 ( 信長殿 ) ]

信長は、本当に歴史が語っているような単なる破壊者だったのであろうか?

人々のために有益な事業を起こす方が壊してしまう事より、よっぽど難しいことは周知のとおりで、となると、彼の破壊行為は、そのための破壊だったのではなかったろうか?
事実、彼の支配した領地は、効率的でない物が効率よく変えられていった事が少なくない。

この事は物事に限らず、人間にもあてはまる。
よく考えもせず、他人の短所を批判する事、また自分とは意見の合わない状況の中、あるいは、他人の行為の中からミスを見つけ、批判するのは、本当にたやすいことである。

しかし、そういった批判も、相手に対してではなく、相手の「行為」に向けられたものであり、「改善のチャンスを与えるもの」であったのではないだろうか?
その内容は 相手を「破壊してしまう」のではなく「建設的なもの」であり、相手の可能性を示唆したものであったと考える。(信長サイドに、偏っているかも・・・)

まぁ、とにかく、人間は、物に限らず、今以上に良いものを創造する事が出来ないのであれば、決して破壊してはいけない。信長の破壊という行為の中からそんな事を考えてみた。

錯覚?

[ 2009年4月18日 13:01 ( その他 ) ]

左のイメージの「A」と「B」が同じ色らしい。スポイト等で確認してみるとびっくり!確かに同じだ。

カブキ者か?

[ 2009年4月11日 22:38 ( 信長殿 ) ]

信長、斉藤道三の「正徳寺」の会見は見事である。
その時の、信長の服装は奇抜で、虎と豹の革の半袴、帯は縄帯、着物は浴衣染め帷子を片肌抜き、見ていた人々は度肝をぬかれたという。
しかし、会見の場では、一変して正装で現れたものだから、二度驚かされる。

さらに、この時代に鉄砲100挺、三間の朱塗りの長槍500本を従えていたことから、道三は手も足も出なかったという。
後に、道三は、「山城が子供、たわけが門外に馬を繋ぐべき事、案の内にて候」(うちの子達はみんなあの男の子分になるだろう) と、語ったと云われている。
この会見で、戦に長けていた道三は、世間の評判と、現実の違いを目の当たりにし、信長の真の強さを見たのかもしれない。

人間は、「良い評判を得たいと考える事が普通かもしれません」が、そんなことを考えるのは止めて、自己を向上させることを意識的に行い続ける事が大切であろう。
正しい評価を得る一番確実な方法は、たとえ、それが万人に何と言われようと、正しいことであれば、意識的に行い続けることで、自ずと正しい評価を得る事が可能であると考える。

やはり、信長は単なる「カブキ者、うつけ者」ではなかったと私は思う。
鉄砲1挺でも入手する事が困難な時代、彼の人脈?・・・には驚かされる。