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TOKYO2009 浅草橋に応援が!

[ 2009年3月22日 22:00 ( RUN ) ]

25km付近では、仕事帰りに寄る事の多い会社近所のお店のWindowに応援メッセージが!
http://bar-navi.suntory.co.jp/shop/0X00037931/index.html

元気を頂き、浅草寺へLET'S GO!、もちろん折り返しての通過でもじっくり眺めてから銀座方面へリターン。当然、ゴール後は応援団の皆様(ウチの社員)と反省会させて頂きました。

IMG_3121.jpg

30km付近、休日返上でスタッフが応援に!ありがたいことです、感謝します。
浅草寺の人形焼は残念ながら逃しましたが、ホット一息ってところですかね。知り合いに逢えると結構元気をもらえます。

IMG_3126.jpg

 

TOKYO2009 出会い!?

[ 2009年3月22日 21:51 ( RUN ) ]

こんなレディからも応援されました。オヤジランナーとしては嬉しいひと時です。
何年か前のホノルルでのひとコマを思い出しました。芝増上寺付近でのワンショット。

IMG_3120.jpg
マラソンの応援は、ホントにパワーをいただけます。全く知らない人でもランナーに向かってひたすら「頑張れ~!」、感謝です。

TOKYO2009 スタート準備中

[ 2009年3月22日 19:18 ( RUN ) ]

スタート準備、周りにもたくさんのランナーが準備中でした。
スタート前のこのタイミングがなんともいえない雰囲気で結構、気にいってます。

今回の脚周りは、cwx、NIKE、TAIKAN IB2を装備です。
IMG_3107.jpg

怪我の予防にもストレッチは大切です。

IMG_3103.jpg

戦い続ける人とは?

[ 2009年3月21日 11:45 ( 信長殿 ) ]


信長の一生は、常に戦場にあったといわれている。
人は常に戦い続け、そして勝ち続ける事が可能なのであろうか? ややもすれば、その環境から逃げ出してしまいたくなるのが普通ではなかろうか? が、古代ローマにもそのような人物を発見した(独断ですが)ので紹介してみます。

その人物は「ジュリアス・シーザー」、彼はイギリス征服を狙い、ブリテン島まで航海し、軍隊と補給品を陸に揚げた後で、船をすべて燃やすよう兵士に命令したそうである。
その後、「さぁ、勝つか死ぬかだ。我々に選択肢はない」と、兵士全員を集め伝える。
この采配で、シーザーは、作戦の成功を確実な物にしたといわれている。

勝つこと以外に選択肢がなければ、またはそれ以外の選択肢を受け入れなければ、結果として戦いに勝つことは必然的である事を、シーザーは知っていたと云われている。

人生の中で、勝利が不可能に思える状況に陥った時、変動する状況に応じて柔軟に対応できる、固い意思で目標に向かう人に対して、最後まで立ちはだかるような障害は、そうめったにはない事を、古代の英雄から、そして信長の戦歴から感じるのは私だけであろうか?

[ジュリアス・シーザー]
古代ローマの政治家。巧みな戦術で諸種族を撃破、100万人の住民を奴隷にする。この結果、ローマ最大の富豪となる。その後、ポンペイウス軍や元老院派を破り、独裁者となる。しかし彼の王への野望を恐れたブルータスなどに暗殺された。

あの時こうしてさえいたら...

[ 2009年3月 8日 21:31 ( 信長殿 ) ]

信長には、「あの時こうしてさえいたら…」とか、「もし…だったら」という思いがあったのだろうか?
そんな戯言をと、一言で片付けられてしまうかもしれない。それほど彼の判断力には、驚かされる逸話が多い。
幾たびの戦いの中で、今追えば勝利、今引けば敗北、そんな場面が幾多あったことだろう。
しかし、彼は、迷う事なく追跡、退陣を決定し、そして、その決断のほとんどが、次のステップの布石として活きている。

「あの時こうしてさえいたら…」、「あのチャンスを生かしていたら…」
と言っている人々を、何人見てきただろう、あるいは自分がそうだった、ことがあったかもしれない。

彼の判断力、決断力の前では、「もし…だったら」というのは、実際に何かを始める前に勝負が終わってしまった、自信のない人々の口癖のように感じる。

その時々で、出遭った機会をチャンスとしてうまく活かせるかどうかは、自分の考え次第で決まるのではないだろうか。行動を起こさなければ、その時点で、ごくありふうれた人生を運命づけられてしまうように思える。

今からでも遅くない、まず、行動することが大切な事だと痛感する。。

信長の誕生

[ 2009年3月 1日 11:45 ( 信長殿 ) ]

信長の中に、現在云われているような人物像が誕生した?のはいつからなのだろうか?

彼の父親も、武功の多い人物であったといわれているが、その父の戦略、生き様を見て育ち、そして自由奔放な発想の中から彼なりの結論を出した結果、現在良く知られている信長像が出来たといったことがどこぞに書かれていたように記憶している。

信長は、父信秀を単なる自衛集団の領主としてみていたようであり、自分は領主ではなく、本来の戦闘集団の支配者になると決意したのであろう。

その決意を胸に、執念ともいえる熱心さで目標に集中し、自らチャンスを生み出し、そして、一つ一つの行動が、彼を目標に近づかせたと考える。

何度目かの誕生日を迎えるにあたり、自分の進むべき道を知っている人間は、必ず、高いレベルの成功を実現する事が可能である事を彼の人生から強く感じた。

周囲からチャンスが与えられるのを、ただ待ちながら目標のない人生を送る事の無い様に・・・